最近の研究テーマとしては以下のものがあります。

・量子臨界点近傍の系における異常物性とそれに伴う超伝導発現
・新奇な多極子秩序状態を示す物質の研究
・トポロジカルな性質を示す物質の探索
・空間反転対称性の破れた系における超伝導
・多軌道電子系における超伝導発現機構

量子臨界点近傍の系における異常物性とそれに伴う超伝導発現

 非磁性の状態から磁性状態への2次相転移が生じる時、比熱に跳びが現れます。 この転移温度が絶対零度となる場合を「量子臨界点」といいます。 この周辺では十分低温であってもスピンの揺らぎが残り、様々な物理量が異常な振舞いを示します。 さらに、量子臨界点近傍ではしばしば超伝導が起こることが知られています。 この超伝導は、従来の電子格子相互作用による機構とは異なるという意味で、「非従来型超伝導」と呼ばれます。 非従来型超伝導の探索のための良い指標となるのが、量子臨界領域での様々な異常物性です。 例えば、通常の金属では、電気抵抗は温度の2乗の関数として振舞いますが(ランダウのフェルミ液体論)、量子臨界領域では温度のn乗になります。 nの値は秩序状態の種類によって異なります。 このような量子臨界点の近傍で起こる「非フェルミ液体」的なふるまいと超伝導、両者の関連を解明することは物性物理学の重要な課題となっています。 当研究室では、自己無撞着なスピン揺らぎの理論(SCR理論)などの平均場理論を越えた手法を用いてこれらの問題に取り組んでいます。 強相関電子系は磁性秩序以外にも様々な秩序状態(電荷秩序、量子液晶、高次の多極子秩序など)を示し、その揺らぎが系の低エネルギー励起を担います。 これは超伝導発現にも寄与し、揺らぎの種類によって超伝導の対称性が異なることも分かっています。 当研究室では、現実の物質に即したモデルを構築し、揺らぎによる超伝導発現機構とそれによる超伝導の状態を微視的な視点から解明するため研究を行っています。

得られた成果
➤ LiV2O4における自己無撞着なスピン揺らぎの理論
  - V. Yushankhai, T. Takimoto, and P. Thalmeier, Phys. Rev. B 82, 085112 (2010)
  - P. Thalmeier, B. Schmidt, V. Yushankhai, and T. Takimoto, Acta Physica Polonica A 115, 53 (2009)
  - V. Yushankhai, T. Takimoto, and P. Thalmeier, Journal of Physics: Condensed Matter 20, 465221 (2008)
  - V. Yushankhai, P. Thalmeier, and T. Takimoto, Phys. Rev. B 77, 125126 (2008)
➤ 銅酸化物超伝導体YBCOにおけるレゾナンスピークの解析
  - T. Takimoto and T. Moriya, Journal of Physics and Chemistry of Solids 60, 1075 (1999)
➤ CeNi2Ge2における量子臨界点近傍の異常物性の観測
  - S. Kambe, H. Suderow, T. Fukuhara, J. Flouquet, and T. Takimoto, Journal of Low Temperature Physics 117, 101 (1999)
➤ 重い電子系における自己無撞着なスピン揺らぎの理論の構築
  - T. Moriya and T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 64, 960 (1995) [日本物理学会論文賞]
  - T. Takimoto and T. Moriya, Solid State Communiations 99, 457 (1996)



新奇な多極子秩序状態を示す物質の研究

 電磁気学で習うように、多極子というのは電気的あるいは磁気的な異方性を空間上で表現したものです。 古典電磁気学における多極子展開は既に確立した概念ですが、大変興味深いことに、量子力学の法則に従う固体中でもこのような異方性が自発的に(つまり電子同士の相互作用によって)現れることがあります。 例えば、強磁性体はスピンの向きが揃った状態ですが、これは磁気双極子秩序の一つです。 このように物質において電子の多極子自由度(電荷、スピン、軌道自由度)が自発的に秩序化することを多極子秩序と呼びます。 多極子の概念を導入することで魅力的な新奇物性が発見されるほか、スピントロニクス等に応用可能な材料開発が世界中で行われています。 また、より高次の多極子秩序が様々な物質で発現することも知られています。 当研究室では重い電子系化合物において観測された未知の秩序を、多極子を用いて解明するため研究を行っています。 また、これまでの研究対象は、空間座標の反転に対して変化しない(偶パリティの)多極子に関する研究がほとんどでしたが、 それに対して、空間反転対称性を自発的に破る(奇パリティの)多極子秩序の研究が近年盛んに行われています。 当研究室では、奇パリティ多極子秩序やその揺らぎによる超伝導を示す新たな物質の理論的探索も行っています。

得られた成果
➤ All-In-All-Out秩序の揺らぎによる超伝導
  - A. Sumiyoshiya, and T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 92, 104703 (2023)
  - A. Sumiyoshiya, and T. Takimoto, JPS Conf. Proc. 38, 011061 (2023)
➤ 熱力学電気四極子モーメントの第一原理計算
  - T. Kitamura, J. Ishizuka, A. Daido, and Y. Yanase, Phys. Rev. B 103, 245114 (2021)
➤ 局所的に反転対称性の破れた結晶における奇パリティ多極子揺らぎと超伝導
  - J. Ishizuka and Y. Yanase, Phys. Rev. B 98, 224510 (2018)
➤ La2-2xSr1+2xMn2O7の強磁性金属相における軌道揺らぎ
  - D. K. Singh, K. H. Lee, and T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 84, 064709 (2015)
➤ 重い電子系化合物URu2Si2の隠れた秩序に対する理論
  - H. Ikeda, M.-T. Suzuki, R. Arita, T. Takimoto, T. Shibauchi, and Y. Matsuda, Nat. Phys. 8, 528 (2012)
  - P. Thalmeier and T. Takimoto, Phys. Rev. B 83, 165110 (2011)
➤ TmB2における強磁性秩序
  - T. Mori, T. Takimoto, A. Leithe-Jasper, R. Cardoso-Gil, W. Schnelle, G. Auffermann, H. Rosner, and Yu. Grin, Phys. Rev. B 79, 104418 (2009)
➤ YbRu2Ge2における四極子秩序
  - T. Takimoto and P. Thalmeier, Phys. Rev. B 77, 045105 (2008)
➤ スクッテルダイト化合物PrRu4P12における反強電気16極子秩序の理論
  - T. Takimoto, Physica B 378, 252 (2006)
  - T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 034714 (2006)
➤ 多軌道周期アンダーソン模型における磁気異方性の解析
  - T. Takimoto, Physica B 359, 747 (2005)



トポロジカルな性質を示す物質の探索

 トポロジーは連続変形でつながる、つながらないを扱う幾何学の概念です。 例えば、物質を穴の数で分類することを考えると、ドーナッツとコーヒーカップはどちらも穴の数が一つなので連続変形でつながります。 なので、これらはトポロジーが同じといえます。 物理学とは一見関係の無さそうな概念ですが、実は2016年のノーベル物理学賞に選ばれたのは「トポロジカル相転移とトポロジカル物質相の理論的発見」という1970~1980年代の先駆的な研究でした。 そこで指摘された重要な点は、電子の運動量空間のトポロジーを調べることによってトポロジカル物質かどうかがわかるという点です。 具体的には運動量空間で定義される「トポロジカル数」という波動関数のひねりのようなものを計算してゼロでなければトポロジカル物質と呼びます。 もう一つ重要な性質は、「バルク・エッジ対応」と呼ばれるものです。 これは、トポロジカル数はバルク(物質の中身)の性質として定義されますが、その性質がエッジ(物質の表面)に反映されるというものです。 その結果として何が起こるのかを、トポロジカル絶縁体SmB6を例に説明します。 通常の絶縁体はバルクも表面も絶縁体ですが、トポロジカル絶縁体はバルクが絶縁体で表面は金属という不思議な性質を持ちます。 特に表面の金属状態には、質量のないスピン偏極したディラック準粒子が現れます。 すなわち、電子の運動量とエネルギーの関係を描いてみると、表面状態は特徴的な線形分散を示します。 トポロジカル絶縁体の考え方を応用したトポロジカル超伝導体やトポロジカル半金属というものも見つかっています。 トポロジカル物質は次世代の高移動度デバイスや高速の量子コンピューティングに応用できる可能性を持っており、精力的に研究がされています。 当研究室では、こういった興味深いトポロジカル物性を理論的に理解し、新たな物質を提案するため第一原理計算による現実的なバンド構造をもとにトポロジカルな性質を示す物質の探索を行っています。

得られた成果
➤ 局所的に空間反転対称性の破れた物質CeRh2As2のトポロジカル結晶超伝導
  - K. Nogaki, A. Daido, J. Ishizuka, and Y. Yanase, Phys. Rev. Res. 3, L032071 (2021)
➤ UTe2のトポロジカルスピン三重項超伝導
  - D. Aoki, I. Sheikin, A. McCollam, J. Ishizuka, Y. Yanase, G. Lapertot, J. Flouquet, G. Knebel, J. Phys. Soc. Jpn. 92, 065002 (2023)
  - D. Aoki, H. Sakai, P. Opletal, Y. Tokiwa, J. Ishizuka, Y. Yanase, H. Harima, A. Nakamura, D. Li, Y. Homma, Y. Shimizu, G. Knebel, J. Flouquet, Y. Haga, J. Phys. Soc. Jpn. 91, 083704 (2022)
  - D. Li, A. Nakamura, F. Honda, Y. J. Sato, Y. Homma, Y. Shimizu, J. Ishizuka, Y. Yanase, G. Knebel, J. Flouquet, and D. Aoki, J. Phys. Soc. Jpn. 90, 073703 (2021)
  - J. Ishizuka and Y. Yanase, Phys. Rev. B 103, 094504 (2021)
  - J. Ishizuka, S. Sumita, A. Daido, and Y. Yanase, Phys. Rev. Lett. 123, 217001 (2019)
➤ トポロジカル近藤絶縁体の相図
  - M.-T. Tran, T. Takimoto, and K.-S. Kim, Phys. Rev. B 85, 125128 (2012)
➤ トポロジカル絶縁体の量子臨界点
  - K.-S. Kim and T. Takimoto, Phys. Rev. B 83, 245138 (2011)
➤ 近藤絶縁体SmB6がトポロジカル絶縁体であることを解明
  - T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 80, 123710 (2011) [日本物理学会論文賞]



空間反転対称性の破れた系における超伝導

 結晶には回転、鏡映、映進、螺旋対称性など様々な対称性があります。 その中でも、時間反転対称性や空間反転対称性(パリティ対称性)は結晶の基本的な対称性の一つです。 結晶中の電子にとって、時間・空間反転対称性の概念は大きな意味を持ち、この対称性が破れるとき、様々な物理現象が起こることが知られています。 例えば、物質の磁気的性質は時間反転対称性の破れと深く関係していて、物質の誘電性は空間反転対称性の破れと深く関係しています。 また、物質の交差応答や非相反応答にもこれらの対称性は深く関わっています。
 物質における空間反転対称性の破れは、(波数に対して奇パリティの)反対称スピン軌道相互作用を誘起し、これを通じて諸物性が私たちの目に見える形で現れます。 つまり、空間反転対称性の破れによる物性を理解するには、スピン軌道相互作用の起源について理解する必要があります。 スピン軌道相互作用は相対論効果の帰結であって、時間反転対称性や空間反転対称性があっても存在します。 その際には各原子のLS結合を考えることでスピン軌道相互作用の定量的な取り扱いが可能となります。 一方、空間反転対称性の破れた系では、パリティの異なる軌道間の混成が起こり、これとLS結合の両方を考慮することで反対称スピン軌道相互作用の存在が理解できます。
 超伝導においても時間反転対称性や空間反転対称性の重要性は古くから認識されていました。 時間反転対称性は波数k, スピン1/2の電子と波数-k, スピン-1/2の電子の縮退を保証するため、スピン一重項超伝導のクーパー対を形成可能にします。 一方、空間反転対称性によって超伝導の秩序変数は奇パリティと偶パリティに分類され、1バンドの系ではスピン一重項超伝導とスピン三重項超伝導の混成は禁止されます。 逆に、空間反転対称性の破れた系ではスピン一重項超伝導とスピン三重項超伝導の混成が起こります。 また、磁場に対して強固な超伝導(巨大な上部臨界磁場)も期待できます。
 当研究室では、空間反転対称性の破れた系における超伝導の新しい物性を理論的に解明するため研究を行っています。

得られた成果
➤ 超伝導ダイオード効果の発見
  - H. Narita, J. Ishizuka, D. Kan, Y. Shimakawa, Y. Yanase, T. Ono, Adv. Mater. 2304083 (2023)
  - H. Narita, J. Ishizuka, R. Kawarazaki, D. Kan, Y. Shiota, T. Moriyama, Y. Shimakawa, A. V. Ognev, A. S. Samardak, Y. Yanase, T. Ono, Nat. Nanotech. 17, 823 (2022)
  - F. Ando, Y. Miyasaka, T. Li, J. Ishizuka, T. Arakawa, Y. Shiota, T. Moriyama, Y. Yanase, and T. Ono, Nature 584, 373 (2020)
➤ 空間反転対称性の破れた超伝導体Li2Pt3Bのs±波超伝導
  - S. P. Mukherjee and T. Takimoto, Phys. Rev. B 86, 134526 (2012)
➤ 空間反転対称性の破れた超伝導体のスピン揺らぎに誘起されるスピン三重項超伝導
  - T. Takimoto and P. Thalmeier, Physica C 470, S566 (2010)
  - T. Takimoto and P. Thalmeier, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 103703 (2009)
➤ 空間反転対称性の破れた物質におけるスピン感受率
  - T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 77, 113706 (2008)



多軌道電子系における超伝導発現機構

 2008年に発見された鉄系超伝導体は、軌道(ネマティック)秩序の量子臨界点近傍で超伝導が発現することから、軌道の自由度が本質的な役割を果たす新しい超伝導機構(軌道揺らぎによる超伝導)が議論されています。 一般に、強相関電子系の超伝導体は多軌道系であり、元来は1バンドで十分に理解できるとされていた銅酸化物超伝導体においても、最近では軌道自由度の重要性が認識され、ますます軌道の物理に注目が集まっています。 多軌道系では、フェルミ準位近傍に複数の軌道が関与するだけでなく、電子間クーロン相互作用にも軌道依存性があることによって、軌道選択型の強相関繰り込み効果や軌道選択モット転移などが起こるほか、特定の軌道のみがクーパー対を組む軌道選択型の超伝導ペアや、軌道の入れ替えに対して反対称な超伝導(軌道のシングレットペア)になることがあります。 また、励起子秩序近傍の揺らぎによる超伝導や、電荷秩序近傍の揺らぎによる超伝導も軌道自由度に由来することがあります。 当研究室では、多軌道強相関電子系の新たな物性や超伝導現象に注目し、研究を行っています。

得られた成果
➤ 単層FeSeにおける超流動密度と量子幾何効果
  - T. Kitamura, T. Yamashita, J. Ishizuka, A. Daido, and Y. Yanase, Phys. Rev. Res. 4, 023232 (2022)
➤ 鉄系超伝導体の超伝導発現機構:強相関効果、サイト間クーロン相互作用の効果、圧力効果の解析
  - J. Ishizuka, T. Yamada, Y. Yanagi, and Y. Ono, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 014705 (2018)
  - J. Ishizuka, T. Yamada, Y. Yanagi, and Y. Ono, J. Phys. Soc. Jpn. 85, 114709 (2016)
  - T. Yamada, J. Ishizuka, and Y. Ono, J. Phys. Soc. Jpn. 83, 044711 (2014)
  - T. Yamada, J. Ishizuka, and Y. Ono, J. Phys. Soc. Jpn. 83, 043704 (2014)
  - J. Ishizuka, T. Yamada, Y. Yanagi, and Y. Ono, J. Phys. Soc. Jpn. 82, 123712 (2013)
➤ 重い電子系を念頭に置いた多軌道ハバード模型の解析:d波超伝導の安定化
  - T. Takimoto, T. Hotta, and K. Ueda, Phys. Rev. B 69, 104504 (2004)
  - T. Takimoto, T. Hotta, and K. Ueda, Journal of Physics: Condensed Matter 15, S2087 (2003)
➤ 軌道揺らぎによって誘起されるスピン三重項超伝導:Sr2RuO4の超伝導機構
  - T. Takimoto, Phys. Rev. B 62, R14641 (2000)
➤ 銅酸化物高温超伝導体のd-p模型に対する揺らぎ交換近似・乱雑位相近似を用いた解析
  - T. Moriya, and T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 67, 3570 (1998)
  - T. Moriya, and T. Takimoto, J. Phys. Soc. Jpn. 66, 2459 (1997)