微分方程式と一般的注意事項


微分方程式 \begin{equation} \frac{dy}{dx} = y \label{eq} \end{equation} を解きながら少し細かい注意事項について述べる。

物理の授業などでこの微分方程式を取り扱うとしたら次のようにして解くはずだ: この微分方程式は変数分離形だから変数を分離して \begin{equation} \frac{1}{y} dy = dx \label{eq2} \end{equation} となる。これを積分して \begin{gather} \int \frac{1}{y} dy = \int dx \label{eq3} \\[12pt] \log \, y = x + C \4 ( C: \text{積分定数} ) \notag \\[12pt] y = A e^{x} \4 ( A = e^{C} ) \notag \end{gather} である、と。ところで式\eqref{eq}から式\eqref{eq2}への変形はどのような論理になっているだろう? 両辺に \(dx\) を掛けて \(y\) で割る??

微分

話し言葉では「微分」という言葉をよく使うかもしれない。例えば「\(\,x^{2}\) の微分は \(2x\) だ」のように。しかし高校数学の教科書を開いてみると「微分係数」とか「微分する」とか「微分法」という言葉は出てきても、何らかの「量」を表す言葉として「微分」という名詞が単独で用いられることはない(演算法の意味で「微分」という名詞が使われることはあるかもしれないけれど)。実は「微分」とは数学的にきちんと定義された用語であり高校数学にはあらわれない。(そして大学では多くの場合、説明なしに使われる。) 関数 \(y=f(x)\) が与えられたとき \(y\) の微分 \(dy\) とは、\(x\) の無限小の増分 \(dx\) と次の式で関係づけられる量である: \begin{equation} dy = f'(x) \, dx \label{dy} \end{equation} ただし \(f'(x)\) は \(f(x)\) の導関数を表す。同じことだが次のように書いてもよい: \begin{equation} dy = \frac{dy}{dx} dx \label{dy2} \end{equation} この式は次のように解釈する:「独立変数の値が \(x\) から \(x+dx\) まで、\(dx\) だけ微小変化したとき、それにともなって従属変数の値は \(dy\) だけ微小変化する。このとき微分 \(dy\) は無限小増分 \(dx\) に比例し、その比例係数は微分係数 \(f'(x)\) である。」 もし \(dx\) や \(dy\) という記号がわかりにくければ、それらを \(\varDelta x\) や \(\varDelta y\) に置き換えて考えてもよい: \begin{equation*} \varDelta y = \frac{dy}{dx} \varDelta x \end{equation*} \(dy/dx\) は高校数学できちんと定義された微分係数であることに注意しよう。物理の文脈ではほとんどの場合、\(dx\) を \(\varDelta x\) の意味と捉えて差し支えない。ただし \(\varDelta x\) と書いた場合、それは有限であり無限小であることは必ずしも想定されないが(なので多くの場合、最後に \(\varDelta x\to0\) の極限をとる)、\(dx\) と書いた場合、通常それは最初から無限小であることが想定されており明示的に \(dx\to0\) と書かれることはあまりない。式\eqref{eq}から式\eqref{eq2}への変形は次のように考える: 微分の定義式\eqref{dy2}に式\eqref{eq}を代入して \begin{equation*} dy = y \, dx \end{equation*} そして両辺を \(y\) で割り式\eqref{eq2}を得る。なお、微分の形式で書かれた式\eqref{eq2}が成り立つならばその両辺に \(\int\) を付加した積分式\eqref{eq3}も成り立つ。なぜならば式\eqref{dy}の両辺に任意の関数 \(g(y)\) を掛けて \(\int\) を作用させた式 \begin{equation*} \int g(y) \, dy = \int g(f(x)) \, f'(x) \, dx \end{equation*} は積分変数の変換 \(y=f(x)\) を行ったときの置換積分の公式であり、正しく等式になっているからである。(微分で書かれた形式と積分記号 \(\int\) は相性がよいことを覚えておこう。)

同値

レポートなどを読んでいると次のような書き方で式変形を行っていく人がいる: \begin{equation} \frac{dy}{dx} = y \ \ \Longleftrightarrow \ \ \frac{1}{y} \frac{dy}{dx} = 1 \ \ \Longleftrightarrow \ \ \int \frac{1}{y} \frac{dy}{dx} \, dx = \int dx \ \ \Longleftrightarrow \ \dotsb \label{eq4} \end{equation} 等式の変形を矢印 \(\Leftrightarrow\) によって結び付けていくのだが、数学の文脈において記号 \(\Leftrightarrow\) は特別な意味をもっているため、もし何も考えずにこの記号を使っているなら気をつけたほうがいい。高校数学で習うように記号 \(\Rightarrow\) や \(\Leftrightarrow\) などは必要条件や十分条件、必要十分条件を表すときに特に用いる記号である。したがって式\eqref{eq4}のような書き方は、等式で表した1つ1つの命題が同値である(それ以外の命題が成り立つための必要十分条件になっている)と言っていることになる。数式を命題だというと違和感を感じる人がいるかもしれないが、命題らしく丁寧に書くとすると、例えば \begin{align} &\text{未知関数} \ \, y \ \, \text{が微分方程式} \ \, \frac{dy}{dx} = y \ \, \text{を満足する。} \label{p1} \\[8pt] \Longleftrightarrow \ &\text{未知関数} \ \, y \ \, \text{が微分方程式} \ \, \frac{1}{y} \frac{dy}{dx} = 1 \ \, \text{を満足する。} \label{p2} \end{align} などと書ける(このような変数を含んだ命題のことを正確には「述語」と呼ぶらしい)。ところで命題\eqref{p1}と命題\eqref{p2}は同値だろうか? 冒頭で述べたように、命題\eqref{p1}の微分方程式の解は \(y=Ae^{x}\) であり、とくに \(A=0\) の場合には \(y=0\) という特解をもつ。一方、命題\eqref{p2}の微分方程式に \(y=0\) を代入すると、左辺は不定形 \(0/0\) となるため \(y=0\) を解として採用することは難しい。したがって、\eqref{p2}の解は \(y=Ae^{x},\,A\neq0\) である。これより「命題\eqref{p2} \(\Rightarrow\) 命題\eqref{p1}」と書くのは正しいが「命題\eqref{p1} \(\Rightarrow\) 命題\eqref{p2}」や「命題\eqref{p1} \(\Leftrightarrow\) 命題\eqref{p2}」と書くのは誤りとなる。よく考えずに\eqref{eq4}のような書き方をしていると、気づかないうちに誤った論理を書いてしまう可能性があるから注意しよう。この問題の場合、正しくはまず \(y=0\) が解になっていることを述べ、その後に「\(y\ne0\) のとき」と断ってから式\eqref{p1}の両辺を \(y\) で割るのが正しい解答の書き方となる。

なお、\eqref{eq4}のような書き方は2つの命題が同値(必要十分)であることを示すときには便利である。例えば命題 \(A\) と命題 \(Z\) が同値であることを証明するために \begin{equation*} A \ \Leftrightarrow \ B \ \Leftrightarrow \ \dotsb \ \Leftrightarrow \ Y \ \Leftrightarrow \ Z \end{equation*} と論理を積み重ねていくことができれば必要性と十分性を一度に証明することができる。

微分方程式の定義域

物理の授業であまりこういうことを言われることはないかもしれないが、微分方程式は通常、開区間上で定義される。開区間というのは \(a\lt x\lt b\) のような端点を含まない集合のことで、それを \((a,b)\) と表記することがある。一方、閉区間とは \(a \le x \le b\) のような端点を含む集合のことで \([\1a,b\1]\) と書いたりもする。微分方程式を開区間上で考えるのは、微分という演算が閉区間の端点において定義されないためである。ある点において微分係数が存在するためには、その点への両側からの極限が一致しなければならなかったことを思い出そう。閉区間の端点に対しては片側からしか近づくことができないため、そこでは普通の意味での微分が定義されないのである。(一方、開区間では至る所このような微妙な問題が生じない。)

ところが、物理の問題では閉区間上で微分方程式を扱うのは当たり前のことであり、その端点における値が物理的に重要な意味をもつことさえある。では、このような閉区間上における微分方程式をどのように取り扱うのかといえば、端点(境界)を特別扱いすることで問題を解くことになる。最初に、微分方程式を「解く」段階では、あくまでも端点を取り除いた開区間を考えるのであるが、最後に、端点において境界条件(初期条件)を課したり、あるいは極限を取ったりすることで端点における値を確定させる。

例えば、冒頭の微分方程式\eqref{eq}を閉区間 \([\10,1\1]\) で解きたい場合、まずはこれを開区間 \((0,1)\) 上での微分方程式と見て一般解 \begin{equation*} y = A e^{x} \4 ( 0 \lt x \lt 1 ) \end{equation*} を求める。その後に例えば、境界条件として「\(\,x=0\) において \(y=1\,\)」を課して、端点 \(x=0\) における値を確定させる(この段階で任意定数 \(A\) の値も定まる): \begin{equation*} y = e^{x} \4 ( 0 \le x \lt 1 ) \end{equation*} 最後に、解が連続となるように \(x\to1\) の極限を取って、端点 \(x=1\) における \(y\) の値を確定させることにすれば \begin{equation*} y(1) = \lim_{x\to1} e^{x} = e \end{equation*} となり、閉区間 \([\10,1\1]\) 上での微分方程式の解 \begin{equation*} y = e^{x} \4 ( 0 \le x \le 1 ) \end{equation*} が得られる。

以上のような簡単な微分方程式に対して厳密な解答の書き方をしても冗長なだけなのだが、偏微分方程式のように境界(端点の集合)の形が複雑になってくると、「境界条件はどこに課されるべきか」をきちんと意識することが重要になってきて、この節での考え方が役に立つことがあるかもしれない。また、円周 \(0\le\theta\le2\pi\) 上で与えられた微分方程式には「周期的境界条件」が課されることが多いが、この場合も、まずは開区間 \(0\lt\theta\lt2\pi\) を考えて微分方程式を解き、最後に \(\displaystyle\lim_{\theta\to0}\) と \(\displaystyle\lim_{\theta\to2\pi}\) の極限が一致するように両側からの解を接続することになる。