ロンドン方程式の導出とゲージ対称性の破れ


ロンドン方程式は、1935年にロンドン兄弟によって発表された超伝導の現象論的方程式である。超伝導の微視的理論の基礎はその後の1957年にBCS理論によって完成することとなるが、先に現象論として導入されたロンドン方程式も物理的に興味深い性質を備えている。このページでは、ロンドン方程式を古典的に導出し、それによってマクスウェル方程式のゲージ対称性が破れることを見ていこう。

超伝導

超伝導とは、物質の電気抵抗が低温で突然 \(0\) になる現象である。この完全導電性を数式によって表現してみよう。多くの物質において、その中に発生している電場 \(\bm{E}\) と物質内部を流れる電流密度 \(\bm{i}\) の間には、オームの法則 \begin{equation} \bm{i} = \sigma \bm{E} \4 \text{または} \4 \bm{E} = \rho \1 \bm{i} \end{equation} が成立している。ただし、\(\sigma\) は電気伝導率、 \(\rho\) は電気抵抗率であり、\(\rho=1/\sigma\) の関係がある。超伝導体の内部においてもオームの法則が成立することを仮定すると、超伝導状態の物質内部では電気抵抗率が \(\rho=0\) になること、また、超伝導電流が有限であるという実験事実により、完全導電性は \begin{equation} \bm{E} = 0 \end{equation} によって表現できることになる。

完全導電性とは別にもう1つ、超伝導体は完全反磁性、あるいはマイスナー効果と呼ばれる特異な性質を示す。マイスナー効果とは、超伝導状態の物質がその内部に侵入した磁束を完全に排除しようとする性質のことで、これを数式によって表現すると \begin{equation} \bm{B} = 0 \end{equation} になる。ただし \(\bm{B}\) は超伝導体内部の磁束密度である。このマイスナー効果によって、例えば超伝導状態の物質を磁石の上に置くと、同極の磁石どうしが反発するように超伝導体は宙に浮く。なお、現実には、磁束が超伝導体表面で不連続的に \(0\) になるわけではなく、超伝導体の表面付近にはごくわずかに磁束が侵入する。

まとめると、超伝導とは、物質の内部において電場 \(\bm{E}\) や磁場 \(\bm{B}\) がともに \(0\) となる現象である。「超伝導」と言うと電気抵抗が \(0\) になることばかりを考えがちだが、電場と磁場は対称的であり、超伝導体内部では電気抵抗のみならず磁束密度もまた \(0\) になる。

ロンドン方程式の導出

マイスナー効果は、外部からの磁束を打ち消すように、超伝導体内部を自発的に超伝導電流が流れることによって生じる現象と解釈される。電気抵抗 \(0\) の超伝導体では、外部電源を接続しなくともその内部に電流の流れることがあってよい。マイスナー効果のこの性質をもとにして、与えられた磁束密度から超伝導電流密度を求めるための方程式:ロンドン方程式を導いてみよう。超伝導体に限らず一般に、外部磁場 \(\bm{B}=\bm{B}(\bm{r},t)\) が存在する空間に置かれた質量 \(m\)、電荷 \(q\) の荷電粒子が満たす運動方程式は \begin{equation} m \frac{d\bm{v}}{dt} = q ( \bm{E} + \bm{v} \op \bm{B} ) - \frac{m}{\tau} \bm{v} \label{drude} \end{equation} となる。右辺の速度に比例する力 \(-m\bm{v}/\tau\) は、電気抵抗を表すものだが(Drude モデル)、電気抵抗 \(0\) の超伝導体を考える場合は、とくに \begin{equation} m \frac{d\bm{v}}{dt} = q ( \bm{E} + \bm{v} \op \bm{B} ) \label{newton} \end{equation} としてよいだろう。なお、今は純粋に磁場による効果のみを見たいので、外部電場 \(\bm{E}\) の存在は考えていないのだが、磁場 \(\bm{B}=\bm{B}(\bm{r},t)\) が時間的に変動すると、ファラデーの電磁誘導の法則 \begin{equation} \nabla \op \bm{E} = -\frac{\d\bm{B}}{\d t} \label{faraday} \end{equation} によって電場 \(\bm{E}\) も生じるため、式\eqref{newton}の右辺にはその意味で電場 \(\bm{E}\) の項も加えてある。さて、上の運動方程式を、磁場 \(\bm{B}\) から電流密度 \(\bm{i}\) を求めるための方程式に書き換えたい。そこで、運動方程式に荷電粒子の速度 \(\bm{v}\) と電流密度 \(\bm{i}\) の関係 \begin{equation} \bm{i} = qn\bm{v} \label{qnv} \end{equation} を代入しようとするのだが、ここで1つ問題が発生する(なお、定数 \(n\) は荷電粒子の数密度を表す)。通常、式\eqref{qnv}の \(\bm{i}\) や \(\bm{v}\) は空間座標と時間を変数として \begin{equation} \bm{i}(\bm{r},t) = qn \2 \bm{v}(\bm{r},t) \end{equation} と解釈されるものなのだが、運動方程式\eqref{newton}の \(\bm{v}\) は、時間のみを変数とした \(\bm{v}=\bm{v}(t)\) の意味であり、式\eqref{qnv}の関係を運動方程式\eqref{newton}へそのまま代入することはできない。そこで、運動方程式\eqref{newton}の \(\bm{v}\) を速度場 \(\bm{v}(\bm{r},t)\) の意味として解釈したい。このとき、運動方程式右辺の \(\bm{v}\) は単純に、変数の解釈を変えるだけでよいが、左辺の \(\bm{v}\) は時間微分されているため、変数の解釈を変更するだけでは済まない。実はこのような解釈の変更を行いたい場合、時間微分を次のように書き換えればよいことが知られている(ラグランジュ微分): \begin{equation} m \biggl( \frac{\d\bm{v}}{\d t} + \frac{1}{2} \nabla \bm{v}^{2} - \bm{v} \op ( \nabla \op \bm{v} ) \biggr) = q ( \bm{E} + \bm{v} \op \bm{B} ) \label{euler} \end{equation} なお、このような式を書いた場合、これはもはや1粒子の運動を時間とともに追跡する通常のニュートン方程式ではなく、超伝導体内に連続的に広がる荷電粒子の集団を記述する連続体の運動方程式となる。また、速度場 \(\bm{v}=\bm{v}(\bm{r},t)\) とは、時刻 \(t\) にたまたま位置 \(\bm{r}\) にあった荷電粒子がもつ速度の意味である(特定の、ある1つの荷電粒子の速度ではない)。さて、この式の中の電場 \(\bm{E}\) は、ファラデーの電磁誘導の法則\eqref{faraday}に伴う電場であったから、式\eqref{euler}の両辺の回転を取って電場 \(\bm{E}\) を消去してみよう。\(\nabla\op\nabla\) が恒等的に \(0\) であることに注意すると \begin{equation} m \biggl( \nabla \op \frac{\d\bm{v}}{\d t} - \nabla \op \bigl( \bm{v} \op ( \nabla \op \bm{v} ) \bigr) \biggr) = q \biggl( -\frac{\d\bm{B}}{\d t} + \nabla \op \bigl( \bm{v} \op \bm{B} \bigr) \biggr) \end{equation} または \begin{equation} \frac{\d}{\d t} \Bigl( \nabla \op \bm{v} + \frac{q}{m} \bm{B} \Bigr) = \nabla \op \biggl( \bm{v} \op \Bigl( \nabla \op \bm{v} + \frac{q}{m} \bm{B} \Bigr) \biggr) \label{euler2} \end{equation} という式を得る。ここで \begin{equation} \nabla \op \bm{v} + \frac{q}{m} \bm{B} \end{equation} という部分に着目する。もしこの部分が常に \begin{equation} \nabla \op \bm{v} + \frac{q}{m} \bm{B} = 0 \label{identity} \end{equation} を満たしているならば、このような \(\bm{v}\) は明らかに元の運動方程式\eqref{euler2}の解となる。実は、この方程式\eqref{identity}に、速度場と電流密度の関係\eqref{qnv}を代入したものがロンドン方程式である: \begin{equation} \nabla \times \bm{i} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{B} \label{london} \end{equation} ただし、長さの次元をもった定数 \begin{equation} \lambda = \sqrt{\frac{m^{\,}}{\mu_{0}q^{2}n}} \end{equation} はロンドンの磁場侵入長と呼ばれ、超伝導体表面におえる外部磁場の侵入距離の目安を与える。ロンドン方程式\eqref{london}がマイスナー効果を表していることは、ファラデーの電磁誘導の法則と比較してみることでよく理解できるだろう。ファラデーの電磁誘導の法則\eqref{faraday}は、磁場に時間変化があるとそれを妨げるようにして電場が現れるという法則であるが、これにオームの法則 \(\bm{i}=\sigma\bm{E}\) を代入すれば \begin{equation} \nabla \times \bm{i} = -\sigma \frac{\d\bm{B}}{\d t} \end{equation} となり、この式は「磁場の時間変化を妨げるように渦電流が発生する」ことを表す式となる。同様に解釈すると、ロンドン方程式\eqref{london}は、「磁場そのものの存在を妨げるように渦電流が発生する」ことを表していると考えられるだろう。なお、このロンドン方程式が成り立つのは電気抵抗が完全に \(0\) の超伝導体内部だけである。電気抵抗をもつ通常の物質では、運動方程式\eqref{drude}のように抵抗力 \(-m\bm{v}/\tau\) が入ってくるので、それを式\eqref{identity}のような簡単な形の微分方程式へ書き換えることはできない。それと注意すべきは、「なぜ低温で物質に超伝導という状態が現れるのか?」という問いに対して、ロンドン方程式は何も答えられないことである。その意味で、ロンドン方程式は現象論的な方程式になる。

もう1つのロンドン方程式

通常、ロンドン方程式と呼ばれる方程式は、式\eqref{london}の1つだけであるが、もともとロンドンが導出した方程式はもう1つある。ここでは、ロンドンの方法にならって、もう1つのロンドン方程式 \begin{equation} \frac{\d\bm{i}}{\d t} + c^{2} \nabla \rho = \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{E} \label{london2} \end{equation} を導出してみよう(ちなみに、前節でのロンドン方程式\eqref{london}の導出法は、もともとロンドンが考案した方法とは少し異なる)。この節では少しだけ特殊相対論の知識も用いるので、相対論を知らない人は適当に読み流してくれてよい。

もう1つのロンドン方程式を導出するためには、まず通常のロンドン方程式\eqref{london}の両辺を時間 \(t\) で偏微分する: \begin{equation} \nabla \times \frac{\d\bm{i}}{\d t} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \frac{\d\bm{B}}{\d t} \end{equation} そして、これにファラデーの電磁誘導の法則\eqref{faraday}を代入すると \begin{equation} \nabla \times \biggl( \frac{\d\bm{i}}{\d t} - \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{E} \biggr) = 0 \end{equation} という式を得る。よく知られているように、あるベクトル場の回転が恒等的に \(0\) となるとき、そのベクトル場はあるスカラー関数 \(\psi\) の勾配として表すことができる。すなわち、上の式は \begin{equation} \frac{\d\bm{i}}{\d t} - \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{E} = -\nabla \psi \label{psi} \end{equation} と書くことができる。ところで、このスカラー場 \(\psi\) はとくに物理的意味のない、単なる数学的な積分定数だろうか? それとも何か現実の物理量に対応したものだろうか? このことを調べるために、式\eqref{psi}を少し変形して次のように表してみる: \begin{equation} \frac{\d\bm{i}}{\d(ct)} + \nabla \biggl( \frac{\psi}{c} \biggr) = \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \biggl( \frac{\bm{E}}{c} \biggr) \label{psi2} \end{equation} ただし、定数 \(c\) は光速である。もう少しわかりやすくするため、この式を相対論的な4次元ベクトルの成分で表してみよう。相対論では、時間と空間座標をあわせて1組の4成分ベクトル(4元ベクトル)とみなし \begin{equation} ( x^{0}, x^{1}, x^{2}, x^{3} ) = ( ct, x, y, z ) \end{equation} の左辺のような記号の使い方をする。また、電荷密度や電流密度も4元ベクトルとして \begin{equation} ( j^{0}, \, j^{1}, \, j^{2}, \, j^{3} ) = ( c\rho, \, i_{x}, \, i_{y}, \, i_{z} ) \end{equation} のように表される。さらに、時間・空間に関する微分演算子も4元ベクトルとなり \begin{equation} ( \d^{0}, \d^{1}, \d^{2}, \d^{3} ) = \biggl( \frac{\d}{\d(ct)}, \, -\frac{\d}{\d x}, \, -\frac{\d}{\d y}, \, -\frac{\d}{\d z} \biggr) \end{equation} と書かれることがある。電磁場だけは少し違って、電場3成分と磁場3成分を混ぜ合わせた2階反対称テンソル(電磁テンソル)になる: \begin{equation} \begin{bmatrix} F^{00} & F^{01} & F^{02} & F^{03} \\ F^{10} & F^{11} & F^{12} & F^{13} \\ F^{20} & F^{21} & F^{22} & F^{23} \\ F^{30} & F^{31} & F^{32} & F^{33} \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} 0 & -E_{x}/c & -E_{y}/c & -E_{z}/c \\ E_{x}/c & 0 & -B_{z} & B_{y} \\ E_{y}/c & B_{z} & 0 & -B_{x} \\ E_{z}/c & -B_{y} & B_{x} & 0 \end{bmatrix} \end{equation} さて、これらを使って、式\eqref{psi2}を相対論的なベクトルやテンソルの成分によって表示すると \begin{equation} \d^{0} j^{\nu} - \d^{\nu} \bigl( \frac{\psi}{c} \bigr) = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} F^{0\nu} \4 ( \nu = 1, 2, 3 ) \end{equation} になる。同様に、通常のロンドン方程式\eqref{london}を相対論的な形式で表すと \begin{equation} \d^{\mu} j^{\nu} - \d^{\nu} j^{\mu} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} F^{\mu\nu} \4 ( \mu, \nu = 1, 2, 3 ) \end{equation} と書ける。これら2つの式を見比べてみると、スカラー場 \(\psi\) が \begin{equation} \frac{\psi}{c} = j^{0} \4 \text{すなわち} \4 \psi = c^{2} \rho \end{equation} であれば、両者が非常に対称的な形になることに気づくだろう。実は、ロンドン方程式が相対論的に正しい方程式であるためには、この対称性を満たしていなければならない(共変性)。このため、スカラー場 \(\psi\) には、電荷密度(の \(c^{2}\) 倍)という物理的意味が付与されることになる。

以上をまとめると、ロンドン方程式は次の1組・2本の方程式ということになる: \begin{equation} \nabla \times \bm{i} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{B} \label{london3} \end{equation} \begin{equation} \frac{\d\bm{i}}{\d t} + c^{2} \nabla \rho = \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{E} \label{london4} \end{equation} あるいは、相対論的な表記法では1本の式にまとめることができて \begin{equation} \d^{\mu} j^{\nu} - \d^{\nu} j^{\mu} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} F^{\mu\nu} \4 ( \mu, \nu = 0, 1, 2, 3 ) \end{equation} と表せる。

超伝導におけるゲージ対称性の破れ

これまでもファラデーの電磁誘導の法則はたびたび使ってきたのだが、超伝導体の内部においてもマクスウェル方程式 \begin{equation} \nabla \ip \bm{E} = \frac{\rho}{\varepsilon_{0}}, \5 \nabla \op \bm{B} - \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\bm{E}}{\d t} = \mu_{0} \bm{i} \label{maxwell} \end{equation} \begin{equation} \nabla \ip \bm{B} = 0, \5 \nabla \op \bm{E} + \frac{\d\bm{B}}{\d t} = 0 \label{maxwell2} \end{equation} が成立することを仮定し、これをロンドン方程式\eqref{london3}、\eqref{london4}と連立させてみよう。

よく知られているように、マクスウェル方程式の後半の2つの式\eqref{maxwell2}は、電磁ポテンシャル \(\phi,\bm{A}\) を使って \begin{equation} \bm{B} = \nabla \op \bm{A} \label{b} \end{equation} \begin{equation} \bm{E} = -\nabla \phi - \frac{\d\bm{A}}{\d t} \label{e} \end{equation} とすれば自動的に満足させることができる。そこでマクスウェル方程式の後半2つは無視し、前半2つとロンドン方程式を電磁ポテンシャルによる表現に書き換えてみよう。まず、通常のロンドン方程式\eqref{london3}に式\eqref{b}を代入する: \begin{equation} \nabla \times \biggl( \bm{i} + \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{A} \biggr) = 0 \end{equation} 先ほども使った性質になるが、この式の括弧内はあるスカラー場の勾配として表せるから \begin{equation} \bm{i} + \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{A} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \nabla \chi_{0}^{\ } \label{chi0} \end{equation} と置くことができる(\(\,\chi_{0}^{\ }=\chi_{0}^{\ }(\bm{r},t)\) は任意の微分可能な関数)。次に、ロンドン方程式の双対\eqref{london4}へ式\eqref{e}を代入してみよう: \begin{equation} \frac{\d\bm{i}}{\d t} + c^{2} \nabla \rho = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \biggl( \nabla \phi + \frac{\d\bm{A}}{\d t} \biggr) \end{equation} 少し整理すると \begin{equation} \frac{\d}{\d t} \biggl( \bm{i} + \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \bm{A} \biggr) + \nabla \biggl( c^{2} \rho + \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \phi \biggr) = 0 \end{equation} となる。この式に上で求めた式\eqref{chi0}を代入すれば \begin{equation} \nabla \biggl( c^{2} \rho + \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \Bigl( \phi - \frac{\d\chi_{0}^{\ }}{\d t} \Bigr) \biggr) = 0 \end{equation} を得る。この式の \(\nabla\) が作用している括弧内は、空間座標に依存しない時間だけの関数でなければならないから、\(f=f(t)\) を任意の微分可能な関数として \begin{equation} c^{2} \rho + \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \biggl( \phi - \frac{\d\chi_{0}^{\ }}{\d t} \biggr) = \frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \frac{df}{dt} \end{equation} と置くことができる。整理すると \begin{equation} \rho = -\frac{1}{\mu_{0}c^{2}\lambda^{2}} \biggl( \phi - \frac{\d}{\d t} ( \chi_{0}^{\ } + f ) \biggr) \end{equation} になる。ここで式を見やすくするため、任意関数 \(\chi_{0}^{\ }(\bm{r},t)\) と任意関数 \(f(t)\) の和を \begin{equation} \chi = \chi_{0}^{\ }(\bm{r},t) + f(t) \end{equation} と置くことにしよう。この置き換えにより \begin{equation} \rho = -\frac{1}{\mu_{0}c^{2}\lambda^{2}} \biggl( \phi - \frac{\d\chi}{\d t} \biggr) \label{rho} \end{equation} となる。また、式\eqref{chi0}はほとんどそのままで \begin{equation} \bm{i} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \Bigl( \bm{A} + \nabla \chi \Bigr) \label{i} \end{equation} となる。すでに気づいていると思うが、任意関数 \(\chi=\chi(\bm{r},t)\) はゲージ変換 \begin{equation} \phi' = \phi - \frac{\d\chi}{\d t}, \5 \bm{A}' = \bm{A} + \nabla \chi \end{equation} の自由度によって現れた関数である。これ自体は自然なことなのだが、しかし上の式\eqref{rho}や\eqref{i}をよく見ると、これらが少し異常な形をしていることに気づく。観測可能な物理量であるはずの電荷密度 \(\rho\) や電流密度 \(\bm{i}\) があらわに任意関数 \(\chi\) に依存している! 観測可能な物理量、例えば電場や磁場は、ふつう式\eqref{b}や\eqref{e}のように、電磁ポテンシャルを微分した形で表されるものなのだが、ここで求めた \(\rho\) や \(\bm{i}\) の表現には、電磁ポテンシャルが微分されずにそのままの形で入ってきている。もしこのような式を認めてしまうと、任意関数 \(\chi\) の取り方によって、例えば電流密度 \(\bm{i}\) が如何様にも変化していいことになってしまうが、現実の実験で観測される超伝導電流はユニークである。実は、超伝導では、本来任意であるはずの \(\chi\) の関数形の中から特定の1つが勝手に選ばれてしまう。これが超伝導におけるゲージ対称性の破れである。(このようなことが起こるのは、より精密な理論であるBCS理論においてもやはり同じで、ゲージ対称性の破れは超伝導にとって本質的な性質のようである。)

それでは、ゲージ対称性の破れによって、\(\chi\) の関数形として一体どのようなものが選ばれるのだろう? それはマクスウェル方程式からわかる。マクスウェル方程式\eqref{maxwell}は \begin{equation} \rho = \varepsilon_{0} \nabla \ip \bm{E}, \5 \bm{i} = \frac{1}{\mu_{0}} \biggl( \nabla \op \bm{B} - \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\bm{E}}{\d t} \biggr) \label{rhoi} \end{equation} というものであったが、これらの右辺には任意性をもたない電場 \(\bm{E}\) や磁場 \(\bm{B}\) しか含まれていない。すなわち、この式の \(\rho,\,\bm{i}\) が現実に観測される電荷密度や電流密度ということになり、式\eqref{rho}や\eqref{i}においては、式\eqref{rhoi}にぴったり一致するような特定の \(\tilde{\chi}\) が自然によって選び取られるわけである(ある電磁場 \(\bm{E},\bm{B}\) と式\eqref{b}、\eqref{e} を満たすような任意の \(\phi,\bm{A}\) が与えられたとき、そのような \(\tilde{\chi}\) は常に存在し、定数分の不定性を除いて一意に決まることが示せる)。これにより電磁ポテンシャルの形はユニークに決まって \begin{equation} \tilde{\phi} = \phi - \frac{\d\tilde{\chi}}{\d t}, \5 \tilde{\bm{A}} = \bm{A} + \nabla \tilde{\chi} \end{equation} となり、電荷密度や電流密度はこれらに比例する形となる: \begin{equation} \rho = -\frac{1}{\mu_{0}c^{2}\lambda^{2}} \tilde{\phi} \label{rho2} \end{equation} \begin{equation} \bm{i} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \tilde{\bm{A}} \label{i2} \end{equation} ところで、マクスウェル方程式\eqref{rhoi}の成立は電荷保存則 \begin{equation} \frac{\d\rho}{\d t} + \nabla \! \cdot \bm{i} = 0 \end{equation} を要請する。これを確かめるには、\(\nabla\ip(\nabla\op\bm{B})\) が恒等的に \(0\) であることに注意して、式\eqref{rhoi}で電流密度 \(\bm{i}\) の発散を取り、\(\varepsilon_{0}\mu_{0}=1/c^{2}\) の関係を使えばよい: \begin{equation} \nabla \! \cdot \bm{i} = -\frac{1}{\mu_{0}c^{2}} \frac{\d}{\d t} ( \nabla \ip \bm{E} ) = -\frac{\d\rho}{\d t} \end{equation} この電荷保存則に式\eqref{rho2}、\eqref{i2}を代入してみると、ほとんど同じ式がゲージ対称性を破った電磁ポテンシャルに対しても成り立つことがわかる: \begin{equation} \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\tilde{\phi}}{\d t} + \nabla \ip \tilde{\bm{A}} = 0 \label{lorentz} \end{equation} 電磁ポテンシャルに対するこのような制約は、一般にローレンツ条件と呼ばれている。超伝導という現象はゲージ対称性を破るわけだが、それでもなお電荷保存則は保とうとして、自然はとくにローレンツゲージを選び取るようである(実は、電荷保存則の起源はゲージ対称性にあるので、これは少しおかしな話のような気もするが)。

それでは最後に、このローレンツゲージの下で、マクスウェル方程式\eqref{maxwell}を電磁ポテンシャル \(\tilde{\phi},\tilde{\bm{A}}\) によって表してみよう。まず、ガウスの法則 \begin{equation} \nabla \ip \bm{E} = \frac{\rho}{\varepsilon_{0}} \end{equation} に対して、電場のポテンシャル表示 \begin{equation} \bm{E} = -\nabla \tilde{\phi} - \frac{\d\tilde{\bm{A}}}{\d t} \end{equation} を代入すると \begin{equation} -\nabla^{2} \tilde{\phi} - \frac{\d}{\d t} \nabla \ip \tilde{\bm{A}} = \frac{\rho}{\varepsilon_{0}} \end{equation} となるが、これにローレンツ条件\eqref{lorentz}および式\eqref{rho2}の関係を代入すれば \begin{equation} \biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \tilde{\phi} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \tilde{\phi} \end{equation} という式を得る(\(\,\varepsilon_{0}\mu_{0}=1/c^{2}\) の関係も使った)。同様に、アンペール-マクスウェルの法則 \begin{equation} \nabla \op \bm{B} - \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\bm{E}}{\d t} = \mu_{0} \bm{i} \end{equation} に対して、電磁場のポテンシャル表示 \begin{equation} \bm{B} = \nabla \times \tilde{\bm{A}}, \5 \bm{E} = -\nabla \tilde{\phi} - \frac{\d\tilde{\bm{A}}}{\d t} \label{gauge} \end{equation} を代入すると \begin{equation} \nabla \op ( \nabla \op \tilde{\bm{A}} ) + \frac{1}{c^{2}} \nabla \frac{\d\tilde{\phi}}{\d t} + \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}\tilde{\bm{A}}}{\d t^{2}} = \mu_{0} \bm{i} \end{equation} となる。これにベクトル解析の公式 \begin{equation} \nabla \op ( \nabla \op \tilde{\bm{A}} ) = \nabla ( \nabla \ip \tilde{\bm{A}} )- \nabla^{2} \tilde{\bm{A}} \end{equation} を適用して変形すると \begin{equation} \nabla \biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\tilde{\phi}}{\d t} + \nabla \ip \tilde{\bm{A}} \biggr) + \biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}\tilde{\bm{A}}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \tilde{\bm{A}} \biggr) = \mu_{0} \bm{i} \end{equation} になるから、最後にローレンツ条件\eqref{lorentz}と式\eqref{i2}を代入すれば、\(\tilde{\phi}\) が満たすのと同じ形の微分方程式 \begin{equation} \biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \tilde{\bm{A}} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \tilde{\bm{A}} \label{a} \end{equation} が求まる。さらに、式\eqref{rho2}や\eqref{i2}より、\(\rho,\bm{i}\) はそれぞれ \(\tilde{\phi},\tilde{\bm{A}}\) の単なる定数倍であるから、\(\rho,\bm{i}\) も \(\tilde{\phi},\tilde{\bm{A}}\) と同じ形の微分方程式を満足することになる。また、電場 \(\bm{E}\) や磁場 \(\bm{B}\) も、式\eqref{gauge}の関係によって \(\tilde{\phi}\) や \(\tilde{\bm{A}}\) と全く同じ形の微分方程式を満足することがわかる(例えば磁場 \(\bm{B}\) に関する微分方程式を得るには、式\eqref{a}で両辺の回転を取ればよい)。

まとめると、ロンドン方程式とマクスウェル方程式を連立させた偏微分方程式は \begin{align} &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \tilde{\phi} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \tilde{\phi}, & &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \tilde{\bm{A}} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \tilde{\bm{A}} \label{klein1} \\[8pt] &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \rho = -\frac{1}{\lambda^{2}} \rho, & &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \bm{i} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \bm{i} \label{klein2} \\[8pt] &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \bm{E} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \bm{E}, & &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \bm{B} = -\frac{1}{\lambda^{2}} \bm{B} \label{klein3} \end{align} という形の方程式群に書き換えられる。そして、各物理量には次の対応関係がある: \begin{align} &\rho = -\frac{1}{\mu_{0}c^{2}\lambda^{2}} \tilde{\phi} = \frac{1}{\mu_{0}c^{2}} \nabla \ip \bm{E} \\[8pt] &\bm{i} = -\frac{1}{\mu_{0}\lambda^{2}} \tilde{\bm{A}} = \frac{1}{\mu_{0}} \biggl( \nabla \op \bm{B} - \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\bm{E}}{\d t} \biggr) \\[8pt] &\bm{E} = -\nabla \tilde{\phi} - \frac{\d\tilde{\bm{A}}}{\d t} = \mu_{0} \lambda^{2} \biggl( \frac{\d\bm{i}}{\d t} + c^{2} \nabla \rho \biggr) \\[8pt] &\bm{B} = \nabla \times \tilde{\bm{A}} = -\mu_{0} \lambda^{2} \, \nabla \times \bm{i} \\[8pt] \end{align} また、電磁ポテンシャル \(\tilde{\phi},\tilde{\bm{A}}\) はローレンツ条件 \begin{equation} \frac{1}{c^{2}} \frac{\d\tilde{\phi}}{\d t} + \nabla \ip \tilde{\bm{A}} = 0 \end{equation} を満足するものでなければならない(ローレンツゲージ)。

ところで、超伝導やロンドン方程式を考えない通常のマクスウェル理論においても次の形の波動方程式が現れる: \begin{align} &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \phi = 0, & &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \bm{A} = 0 \\[5pt] &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \bm{E} = 0, & &\biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \bm{B} = 0 \end{align} これらは真空中を光速で伝播する電磁波を記述する方程式だが、これを上で求めたマクスウェル-ロンドン方程式\eqref{klein1}-\eqref{klein3}と比較すると、マクスウェル-ロンドン方程式の右辺には余分な項があることがわかる。素粒子論では一般に、右辺に余分な項をもつ波動方程式 \begin{equation} \biggl( \frac{1}{c^{2}} \frac{\d^{2}}{\d t^{2}} - \nabla^{2} \biggr) \sigma = -\frac{1}{\lambda^{2}} \sigma \end{equation} のことをクライン-ゴルドン方程式と呼んでいる(\(\,\sigma\) がスカラー場でなくベクトル場となる場合はプロカ方程式というらしい)。クライン-ゴルドン方程式は、例えば原子核内の中間子場 \(\sigma\) を記述しようとする際に現れ、右辺の定数 \(\lambda\) と中間子の質量 \(m\) には \begin{equation} \lambda = \frac{\h}{mc} \end{equation} の関係がある。マクスウェル-ロンドン方程式の右辺に余分な項が現れたということは、超伝導体中の電磁場はあたかも質量があるかのように振る舞うことになる。ロンドン方程式とゲージ対称性の破れによって、光子が質量を獲得したとも言えるだろうか。