*はじめに

私がこの「夏の学校」を知ったのは、実は新潟大学に入学する前の、まだ高校生の時でした。もともとドイツの文化やライフスタイルに興味があったので、いつか行ってみたいと思っていました。その後大学生となって工学を学んだことで、技術的なことへの興味もそれに加わりました。私にとってこの研修に参加することは長年の希望だったので本当に光栄に思っています。私なりの視点からではありますが、そしてかなりマイナーな内容も含まれますが、この研修でこんなことも見ることができると思っていただければ幸いです。

 

▼異国の町から

 

*マグデブルグ〜エルベ川沿いの自然史博物館

私たちがお世話になった町、マグデブルグは落ち着いた良い町という印象でした。エルベ川と周りの自然と町とが一体となった町でした。エルベ川沿いはきれいな花で彩られていたり、遊具みたいなものがおいてあったり、散歩もサイクリングも楽しめる感じになっていました。そして私たちが訪ねた場所の一つがエルベ川の近くのミレニアムタワーです。三角形の白い建物で、その中は科学の歴史を見て、そして実際に体験できる「自然史博物館」でした。歴史上の偉大な科学者の似顔絵と彼らの研究やエピソードについてそれぞれ説明、展示がありました。(私の一番印象に残っている人は、カルノーサイクルを提示したカルノーさんでした。意外と美青年でした。)私たちが訪問した大学の名前にもなっているオットー・フォン・ゲーリックさんの「真空の実験」についても展示がありました。工学部出身の私たちにはとても興味深いところでした。

 


 


*芸術の町・ライプツィヒを訪ねて

 ライプツィヒは私にとってマグデブルグと同じくらい特別な町となりました。私がお世話になったホストファミリーの実家がライプツィヒの近くで、ホストファミリーウィークエンドでもライプツィヒでショッピングを楽しみました。ライプツィヒは本当に芸術の街という感じでした。バッハゆかりのトーマス教会や東ドイツ民主化運動の集会が行われたことで有名なニコライ教会など、有名な教会を見て回りました。中でも薄緑色の天井と柱がとても印象的だったニコライ教会は、今回の滞在の中で一番印象に残っている教会です。また、ゲーテの「ファウスト」に登場する酒場Auerbachs Kellerへはホストファミリーと一緒に見に行きました(高級そうでした…)。そのお店の前にはファウストらの銅像がありました。夏の学校のメンバーとライプツィヒを観光した日の午前中はこんな感じで歴史と芸術を楽しむことができました。一方、午後は巨大なドイツ統一のモニュメントの頂上を目指し、狭くて急な螺旋階段をひたすら上りました。たどり着いた時はもうへとへとでしたが、その分上からの素晴らしい眺めとその時頂いたチョコレートの味は格別なものでした。このモニュメントは戦争で亡くなった多くの人のためのメモリアルなのだそうです。内部の一階はそんな願いが込められた造りになっていて、とても神聖な雰囲気でした。

 


 



*プロイセンの王都、そして現在の首都・ベルリンへ

 ドイツの首都、ベルリンを訪問しました。ここは日本人のガイドさんが案内してくれました。ベルリンの壁を前に歴史的な説明を聞き、改めて戦争の悲惨さを感じました。ここで多くの人が数メートル先へ行くことを切望し、命をかけて亡命したのだと思うと堪らない気持ちになりました。また、外観がとても芸術的だった国会議事堂にも訪れ、厳しいセキュリティーチェックのあと、内部を見学しました。ガラス張りの開放感ある建物でもありました。ちょっとした自由時間にはTiergartenを散策しました。そこは、ここが首都であるとは思えないくらい自然で溢れていて、小さな池(湖?)を見つけたときには一瞬ここがどこなのか分からなくなるほど、それほど野生的な雰囲気漂う所でした。ヨーロッパ随一の緑の多さというのも納得できる美しいところでした。この他、戦争の傷跡が残る建物、圧巻のブランデンブルグ門、美しい博物館と、もっとじっくり見たかった場所が沢山ありました。これは是非もう一度訪れなければと感じました。

 ベルリンは勿論今回が初めてだったのですが、ちょっとした思い出のある、私にとっては少し特別な町です。もっと言えば、ベルリンとコインの組み合わせに特別な思い出があるのです。だから出来ればコインにまつわる記念が何か欲しいと秘かに思っていました。実際、ベルリンではそんなことを考える余裕はなく、すっかり忘れていたのですが、なんという偶然でしょう。ベルリンを出発する時に気づいたのですが、買い物をしたとき偶然お釣りでもらった2ユーロコインが今年の記念コインだったのです。私はとても驚いたとともに感激し、そのコインは大切に日本にもって帰ってきました。ちょっとした夢が叶った瞬間でした。

 


 

 


*ホストファミリーウィークエンド

 先に書いたとおり、私はこのホストファミリーウィークエンドでライプツィヒの近くの町まで少し遠出をし、Anneとそのお母さんにお世話になりました。Anneは英語がペラペラで、とても聞き取りやすく、また私のわけの分からない英語もしっかり聞き取ってくれました。ライプツィヒでのショッピングの他、有名な音楽家たちがコンサートを開いた場所や「喜びの歌」の作詞をしたことで有名なシラーの家「シラーハウス」などを訪れ、芸術の町を堪能することが出来ました。色づいた木の葉が風に揺れる穏やかな秋の日でした。おかげで私はライプツィヒが大好きになりました。

 Anneは現役の大学生で、今度日本に行きたいと言っていました。その時は私が彼女を迎えたいと思います。Anneのお母さんの手料理はとても美味しくて、モリモリ食べてしまいました。ライプツィヒの市場で見つけたカブみたいな野菜をクリーム煮のようにしてくれたり、作っている途中でつまみ食いもさせてくれたり、本当に優しいお母さんでした。

 


 

 


 


*化学工学を学ぶ学生として

 オットー・フォン・ゲーリック大学には化学工学分野の学科があり、訪問した研究室は私にとってはとても興味深いところでした。一番驚いたのは私の研究室のそれの3,4倍はある大きな流動層でした。装置の周りには足場が組んであり、そこに上って装置を見させてもらいました。また、置いてあったロータリーキルンを実際に回して見せてくれました。

 また、ゴミ焼却やリサイクル、ゴミによる火力発電、そして温水の販売などを行う会社の見学に行きました。この温水は100℃で送り出された後、各家庭へは90℃で供給され、再び戻ってきたときも70℃ほどに温度が維持されていると聞いて驚きました。また、運び込まれたゴミをクレーンゲームのように操作して掴み、持ち上げ炉に持ってゆく操作をしている操縦席のようなところを見学しました。そこは目の前にゴミがあるのにほとんどその臭いがしませんでした。

 私は工学を学んでいますが、それは実際の生活に役立てるための学問、勉強だと思っています。だからこそ実物の装置やプロセスを見て観察し、自分の目指しているものの感覚に触れておくことはとても重要だと思います。ドイツでも現実の会社や工場を見学できたことは本当に興味深いものでした。

 


 

 


▼異国の町から〜マイナー編

 

*歩いて、歩いて、歩いて…そして時々走ったドイツの町

ドイツではたくさん町を歩きました。書きたいことは沢山ありますが、私なりの視点から見た全体的な感想をここに記したいと思います。滞在先のマグデブルグをはじめ、ライプツィヒ、ベルリン、フランクフルトと多くの町を訪れ色々なものを見ました。博物館や歴史的な場所も然ることながら、ドイツの日常についても興味があった私にとってはあまりに贅沢な時間でした。ドイツの街は本当にきれいでしたが、少し不思議な感じがしていました。建物の形のせいなのか、道路が広いせいなのか、とにかく日本とは何かが違う気がするのに、それが具体的に何なのかよく分かりませんでした。それにようやく気づいたのは、この夏の学校のスケジュールが半分ほど過ぎた頃のことでした。

原因の一つは「看板」ではないかと思うのです。よくお店の名前や広告がプリントされている四角い看板が建物に掛けられていたりしますよね。それがあまり見当たらないのです。数自体も少ないと感じましたが、四角い看板の代りに、お店の名前(だと思う)のスペルを一つ一つくり抜いた、文字の看板と言いましょうか、それが建物の外壁に貼ってあるのに気付きました。看板で幅を取らない分、またそれらは建物にとてもフィットしていて、建物が、そして通り全体がすっきりして見えました。また、ランプやお店の名前が書かれた可愛い看板が歩道の方にでていて(写真のような)、それぞれのお店の個性をアピールしているようでした。でも、町全体の調和を乱すほどではない…。これはあくまで私の印象ですが、協調性といいましょうか、全体の美しさを大切にしているようでした。景観美を大切にするドイツならではの特徴かもしれません。ちなみに、「時々走った」というのは横断歩道を渡る時のことです。ドイツの横断歩道は、車道が広いためか横断する距離は結構あるのに対して渡れる時間が短かったように思います。私たち日本人一行は信号が赤に変わって、慌てて走って渡り切る有り様でした。あの渡るための時間は、ドイツの人の長い足には十分な時間なのでしょうか?

 


 


 


大きな街路樹や沢山の花々もまた、町を美しくしていました。道端の草花は、雑草とは思えないくらい愛らしく、種類が多く、そしてとてもきれいでした。「どうしてこんなにも町に自然が溢れているのだろう。日本はもっと少ないのに…」その時はそう感じていました。でも、日本に帰って改めて自分の周りを見て「そんなことはない」ということに気が付きました。それぞれの家には季節の花があり、ススキが風に揺れる道があります。ドイツのような広くて平らな大地の代わりに、日本では秋には黄金色に輝く田んぼを見ることができます。「日本の風景だって負けちゃいない!」それが分かった時、ではどうしてドイツでそう思わなかったのだろう思いました。おそらく理由は単純で、これは私がいかに周りを見ていなかったのかということの証明なのだと感じました。普段の生活の中で、当たり前すぎて見えていないものが実は沢山あるのだなと思い知らされました。海外に行くことはそこで学ぶことも多いけれど、帰ってきてからも海外を見たその目で改めて日本を、自分の周りを見直すことで、また別の収穫があるのだと分かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


この研修は派遣期間こそそれほど長くはありませんが、マグデブルグという同じ場所に留まって、技術的・専門的な見学からドイツの文化や日常の生活まで、色んなことを見にゆくことができると思います。だからその日気付かなかったとも次の日に気がついたりして、新たな発見を繰り返すことで丁寧な観察ができたと思います。また、今日見ることが出来なかったことも明日見てみようというように、割と余裕を持った行動ができたと思います。短期間だけど余裕のある、バランスの良い素晴らしい研修プログラムだと感じました。

 

*もっと英語で話せるようになりたい

街を散策する時、また研究室や会社の見学に行った時、ドイツの学生や会社の方は英語で説明してくれました。それ以外の日常会話も英語だったし、ドイツ語の授業も英語で行われました。そんな360度がドイツ語という環境の中で英語とドイツ語漬になって初めて分かったのは、あまりに自分が英語を話せないということでした。英語が話せないのをこんなにも悔しいと感じたのは初めてだったと思います。特に悔しかったのは英語の話を聞き取ることはできても、自分の考えを表現することができないことでした。思っているより口から英語が出てこない…!英語をしゃべりなれていないのが明らかに分かりました。ホストファミリーと一緒に週末を過ごしたホストファミリーウィークエンドでは、そのことで随分悔しい思いをしました。同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。ホストファミリーはドイツの文化や生活について色々と話してくれるのに、それを聞いて自分はどう思ったのか、また、日本はこうだと上手く教え返すことができませんでした。ホストファミリーの気持ちに十分応えることができず、そんな自分を情けなく感じました。それはお世話になったドイツの先生方に対しても然りでした。

今回の経験を通して、人に伝えるための言葉の大切さを知りました。そして言葉は道具ではなく、心そのものなのだと感じました。だからこそ、それを伝えることができない時こんなにも辛く、胸が痛むのだと思いました。帰国後は「もっと話せるようになりたい」という想いを忘れないよう、英語で話す機会を増やし、また机で勉強するのではなく自分の考えを伝えることを大切にしています。ドイツでの経験は、これからに繋がるものだったと思います。

 


 


*最後に

 この研修における私のキーワードは「実感」でした。それを中心に上記にいくつかまとめましたが、何より私は世界というものを実感したように思います。見知らぬ場所で出会った人たち、仲良くなった人たち、また、ただすれ違っただけの多くの人たちも含め、本当にたくさんの人がこの世界に生きているのだなと思いました。そして私が見た全ての人たちがこの世界のかたちそのものなのだと感じました。ドイツの町並み、広がる大地とそこに佇む風力発電の風車、そして雄大ないくつもの川の流れといった豊かな自然と人の生活を異国の地で客観的に見た時、これが世界なのだと感じました。小さなところにも、大学に植えてあった花や不思議な形のイガを実らせた街路樹、色鮮やかな雑草の花などといったものも世界そのもののはずです。自然だけでなく人が生きているこの世界がこんなにも美しいものだと、これほど強く感じたことはありませんでした。それはおそらく数字の上でもテレビを通しての情報でもない、私が直に触れた感覚だからだと思います。自分の英語の出来なさを痛感したことも、ドイツの大学や会社を見学して感じたことも、全てが実感だからこそより強く、そしていつまでも私の中に確かな感覚として残ることでしょう。悔しかったこともありますが、私はこの19日間にとても満足しています。ドイツでの日々を素晴らしいものにして下さった学生や先生の皆さんに心から感謝しています。

そしてもう一つ。この研修を通して知り合った夏の学校のメンバー達からも沢山の影響を受けました。他学科の学生や先生との交流を通して、違った見方や考え方を知りました。ドイツではそれぞれが自分の性格に合った異文化交流をしているのを見るのがとても楽しかったです。うらやましいくらい情熱的に、そしてスマートに生きている人がいるんだなぁと思いました。私ももっと自由に、私なりの行動をすればよいのだと感じました。日本に帰ってもなお、彼らが同じ大学で学んでいることを忘れないよう、そして負けないように日々精進せねばと思いました。この夏の学校に参加できたことを誇りに思います。